前回は心理面から住宅を捉えましたが、今回は人間工学面から考えてみたいと思います。カフェやレストランに行って席に着いたときに違和感を覚えたことはありませんか。椅子の座りにくさによる場合もありますが、それは大抵、机と椅子の高さが合っていない時に感じ、そのまま不快な感覚を長時間受けることになります。人間工学的には、椅子の高さは身長の1/4、椅子から机までは身長の1/6の間を開けるのがもっともいい関係とされています。ですから、それ以上に間隔が空いていると、違和感を覚える原因になります。また、家の中ではキッチンのワークトップの高さも気になりやすいところです。最近は平均身長が伸びていることもあり、85〜90㎝に天板を持ってくるのが一般的ですが、人間工学的には身長の53パーセントぐらいの位置が使いやすいとも言われています。160㎝の身長の人は85㎝の高さということになりますね。
そもそも人間工学とは、物や環境を人が自然な動きや状態で使えるように設計する工学のことを言い、実際のデザインに生かすことを目的とした学問です。人間工学では、人と物の距離をその使用者の体格に合わせて考えてゆきます。しかし、一人ひとり体型は異なりますし、子供と大人では全然違います。ですから、使用者の平均値を求めてそれを基準として設計するのが一般的です。公共の建物などにはそれが顕著に現れています。ところが、あくまで基準が平均値のために、人によっては微妙に使いづらい場合があるのです。では住宅を設計する場合、個別に対応してみるとどうでしょう。誰でも使用できる公共の建物とは違い、住宅は使用者がある程度限定されます。ですが、すべてをオーダーメイドスーツのように各自採寸して、そのデータを元につくってしまうと太ることも痩せることも、成長することすらできませんよね。そんな窮屈な住宅ではいけません。
私がキッチンを設計するときには、料理をする人を基本にして実際に高さを経験してもらいますが、使用者が変わる場合もあるので、アジャスターを使い調整できる範囲をなるべく多くとっておきます。
また、作り付けのベンチなどはあらかじめクッションで調整できるようにデザインし、寝転がることもできるように、形自体に色々な用途を持たせます。そうするといろいろな人に合った使い方ができ、少し自由な人間工学になってくるのではないでしょうか。 先の変化も考慮に入れて、ある程度ゆとりを持った設計が大事になります。
このように、家を設計するときに人間工学は必要ですが、あくまでも出発点としてとらえ、そこから個別に対応することが重要となります。おかしな位置関係で、寸法が合っていないことがストレスにつながらないよう、心の深層から身体の隅々まで気を配ることによって身体と心にフィットした快適な住宅ができるのです。